批評と考察、解説について最近考える事があります。
本で批評と考察の違いについてYouTubeなどで考察や解説されている動画を楽しむ人が多く、批評がされていないと語られていました。
その人の書籍は読んでいないのでとあるYouTubeの対談を元に考えた事を記載しています。
その人は言葉をとても強く信じているし、他の人も言葉で語れるはずだと強く信じているようです。
しかし、私はそれほど言葉を信じてはいません。
私自身が喋る事や考える事に優れているとも思わないからです。
そんな時に考えたのです。
批評とか考察とか解説は言葉だけでしか出来ないのか?
答えは言葉以外でも出来る。
それを人類史ではずっと繰り返してきたのです。
まずは宗教。
自然を神として批評したのが聖書。
それを考察や解説するのが宗教派閥。
さらに、科学。
世界の物理的に批評。
それを考察、解説して科学技術にしている。
次に絵画。
見ている世界を批評して描いた作品。
それを考察や解説するのが美術館。
裸像が今だに芸術として残されているのは人間の体を石像として批評や考察しているから。
次に音楽。
ベートーヴェンなどは世界を批評して音楽として表現しようとした。
それを考察や解説するのがJPOPなど歌詞をつけた歌。
JAZZなどで音楽で語り合うと言われる事を聞いたが、批評し合っているんだと考えられる。
恋の歌などは恋心を解説して歌にしている。
アニメや漫画もです。
アニメでは宮崎駿、富野、庵野など監督がそれぞれの世界を批評して表現したのがジブリの魔女の宅急便、ガンダム、エヴァ、アンパンマン、ドラえもん、ちびまる子などの作品。
鬼滅の刃やフリーレンはアニメで漫画を考察し解説している作品。
オペラ座、歌舞伎などは世界を舞台化し批評しているが、考察や解説がされていない。
映画はスクリーンで批評していたり、アニメや小説などを考察したり解説もしている。
批評は考察や解説より上だと語られていたけれど。
こうして考えると批評だけで止まってるなんて面白いけれど足りない。
もちろん、考察や解説だけでも面白いんだけど足りない。
全てが揃った時に面白さが何倍にもなる。
とあるYouTubeでガンダムの解説をしている人が居る。
そこでは監督の意図などを批評考察もしているし技術的な解説もされている。
また、ドラえもん、アンパンマン、クレヨンしんちゃん、ちびまる子ちゃんが国民的なアニメとして存在しているのも批評と考察と解説が表現されているからだと考えている。
これは別記事に書く予定。
結論。
批評考察解説と3つ出来ると最高に面白い。
でも、それぞれ一つだけでも面白いし十分楽しめる。
ついつい解説や考察について批評より下で、あっち側とこっち側と言われていたのが悔しかった。
でも、そうして区切っているうちは考察や解説も素晴らしいと考えて批評なんてアッチ側なんだと考えていた自分も50歩100歩なんだよ。
全部面白いし、一つだけでも良いし、全部出来なくても良い。


